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vendredi 14 février 2014

Hijikata et le Butô 土方と舞踏

フランスのナショナルダンスセンターが保存している、土方巽の代表作が、当時撮影された貴重な映像で見れるってことだったので、日本映画好きの友だちを誘って行ってきました。

これまでは土方が実際に動いている映像は、「疱瘡譚」の一部しか観たことがなく、土方巽という人物が美化され伝説になりすぎて、本当に存在していたのだろうか?とずっと疑問に思ってしまってた。

今回、大野一雄、慶人を始めとして、笠井叡や和栗由起夫、田中泯といった、この目でしっかりと認識したことのある人たちと一緒に映っていた映像を見たことで、土方はいたんだ!ってリアルに感じれた。つながりがある、や、師事、とだけ文字で分かっていたつもりだけど、本当に一緒に活動していたんだって分かる記録の映像、それだけでとても感動してしまった。


映像の最初と最後に、この前の大駱駝艦の公演のアフタートークにも出演してた、舞踏に詳しい批評家Jean -Marc Adolpheの話もあった。彼は、雑誌「Mouvement 」の編集者で、舞踏をフランスに紹介した人。アスベスト館で土方たちに会って、映像をフランスで紹介してほしいと頼まれた話もしてくれた。質疑応答では、このおぞましい映像にくらいつくフランス人の観客たち同士が言い合ったり、時間もおして部屋の外でも質問が殺到するほどだし、空いてるだろうと思ってた席もほぼ満席だった。舞踏に興味持つフランス人がこんなにいることに、すごく驚かされた。。山海塾はヨーロッパでもよく知られてるしパリ市立劇場で定期的に公演もあったり、すごく人気だけど一切出てこないで、今回の映像では、土方巽→大野一雄、慶人→最後は麿赤児の大駱駝艦の最近の作品でパリ公演もあった「灰の人」「シンフォニーM」が続き、時代が20年以上飛んで映像がきれいになった以外は違和感なく見れた。確かに山海塾はもと大駱駝艦にいて、麿赤兒についていたけど、この流れとは別次元に進んでる。私の初心者感覚からいくと、土方は地獄、死の感じがするのに対して、山海塾は天国、仏のイメージがする。その違いもすごく面白い。「肉体の叛乱」に登場してきた、3人の女性舞踏家たちが、大駱駝艦なんじゃないかと思ってしまったほどに、大駱駝艦は、土方をそのまんま受け継いでた。麿さんが出てない、若い舞踏家たちの大駱駝艦の公演はまた違ってたりするけど。

慶應のアートセンターは、土方アーカイブをたくさん所蔵していて、学生の頃展示観たりしてた。三田で受けた、演劇の講義をしていた教授が、舞踏にもすごく熱心な人で、大野一雄の100歳をお祝いするガラ公演を観に行ったときも、最後のレセプションで偶然会って舞踏についていろいろ語ったのを思い出して懐かしかった。今何してるんだろう。

今回の映画に出てきた映像をまとめておこうと思う。

「あんま」監督 飯村隆彦 1963年
出演 土方巽、大野一雄、大野慶人、笠井叡
ハイレッドセンターの赤瀬川源平も参加してる。

「バラ色のダンスーA LA MAISON DE M. CIVECAWA」監督 飯村隆彦 1965年
出演 土方巽、大野一雄、大野慶人、笠井叡、石井満隆

土方と大野一雄の男色の踊り。三島由紀夫からの「禁色」だったけど、これは澁澤龍彦へのオマージュ。

講演で話てくれたけど、「禁色」を発表したのが、モダンダンスのコンクールにおいてだったっていうから、やることがすごすぎて。

link











 ポスターは、横尾忠則作。すでに天井桟敷

加納光於による、砂糖菓子の案内状  



「肉体の叛乱」監督 中村宏 1968年
出演 土方巽

とにかく衝撃すぎた。土方巽という舞踏の神(最後はキリストの磔のようだった)が本当に降臨したかのようだった。土方の恐ろしさを垣間みた。
御神輿のようにして担がれて登場し、舞台では裾の長いロングドレスを纏い、振り袖ははだけ、美しさと醜悪との境界をなくした舞い。言葉じゃうまく言えないけど、この人は本当に何者なんだろうと、不気味な魅力を放ち、こういうのをカリスマ性っていうんじゃないかと思った。

細江英公の写真と、横尾忠則のデザインのポスター
写真集「鎌鼬」は、このポスターのためだったのかぁ。

「疱瘡譚」監督 大内田圭弥 1972年
出演 土方巽



「死海」監督 Bertand THEUBET 1985年
出演 大野慶人


舞台のポスターじゃないけど、大野慶人が若い頃かっこいい。


「O氏の肖像」監督 長野千秋 1969年
出演 大野一雄

「ラ・アルヘンチーナ頌」



「灰の人」大駱駝艦

「シンフォニーM」大駱駝艦












http://www.cinematheque.fr/fr/dans-salles/rendez-vous-reguliers/fiche-manifestation/hijikata-buto,16331.html

dimanche 18 novembre 2012

金粉ショー / 大駱駝艦 @ la maison de la culture du Japon

最近は嬉しいことに、パリで舞踏の公演が毎週のようにありますが、去年に続いて今年も大駱駝艦パリ日本文化会館にやってきました!!

去年のパリ公演前回の記事)、 「おままごと」と「灰の人」が大好評で、フランス人の舞踏を初めて観たという友だちも、大絶賛してました。今回は日本文化会館の15周年をお祝いした、特 別の公演。世界中で初めて劇場での、金粉ショー。金粉ショーいうのは、白塗り舞踏以前のもので、資金集めのためにキャバレーで行われていた、当時の若いダ ンサーたちのイニシエーションでもありました。もちろん、全身金粉で塗られて、キラキラです。キャバレーの閉鎖とともに、公演される場所もほとんどなく なっていき、今では名古屋の大須で毎年行われてる、大道町人祭で披露されるのみ。今回のは当時のようなのもではなく、舞踏の振り付けを加えた、舞踏仕立ての金粉ショー。そして公演の最後には大駱駝艦を率いる麿赤兒のトークショーもありました!!



大筋のストーリーは、麿赤兒演じる女子高生と女の子の親友と、男子学生との三角関係。男の子の熱心に見ていたモネの画集に春画が混ざっていて、びっくりしちゃうという展開。そこに、回想シーンのように、きんきらきんに塗られたダンサーたちが登場してきます。



麿 赤兒は、ストーリーには昔の自分の経験を織り交ぜた物語を、そして女子高生を演じたのは、なってみたかったからだと語ってました。そして、金粉ショーには 制約があって、物足りないという感じもする。白塗りのほうが広がりがあって、面白い。だから、お客さんに金粉ショーのが、面白いと思われたら困るんだけ ど、ということも話していました。また、当時金粉ショーをして、各地のキャバレーをまわっていたときの楽しいエピソードや、そのときに学んだこととして、 いかにお客さんを飽きさせない方法などをあげていました。金粉ショーだけではなく、この面白いトークショーでも、舞踏、大駱駝艦そして麿赤兒ファンがかな り増えたと思います!



パ ンフレットみたときは、金粉ショーって私は全く初めてのものだったので、何だか豪華だけど、いつもよりもっとへんてこで、フランスの人たちにど う映るんだろうって、少し心配もしてました。でも、思ってたより、ずっとずっとかっこよくて、体を乗り出して観てしまってました!!始めは赤い柱だったも のが、正面に動かされて屏風になって、そうかと思えば、天井から大きな春画がどでんとでてきたり、しかけもさることながら、おどりは息つく暇も与えないほ どで、めまぐるしい展開は、終わったときにすがすがしい爽快感がありました!



白塗りで着物姿の麿赤兒は、立っても座っても、ほんとにかっこいい!!日本的な不思議な魅力で、フランス人からも人気が高いのが分かります。世界中で舞踏公演をもっともっとしてほしいです!来年も楽しみです。

http://www.vogue.co.jp/blog/taco/archives/108

jeudi 18 octobre 2012

あわせ鏡のはざまでーうつし / 山海塾@Theatre des Bergerie

先月の田中泯さんに続いてパリ近郊に現れたのは、山海塾

毎年世界中で公演をしている、海外でも評価の高い山海塾。それを率いるのは、天児牛大さん。私は、2007年に行われた、大野一雄 百歳の歳 ガラ公演 「百花繚乱」 の舞台で初めて、白塗りではなく、黒のタートルネックに、スラックスで踊る天児さんを観ました。そのときは、舞踏界の大御所数十人が集まったこの先はもう 観られないような豪華な公演だったのですが、その中でも、地を感じさせない、数センチ浮いたところに存在しているような天児さんの踊りに私は惹かれまし た!それ以来いつも気になって、日本のダンス、舞踏の中では、山海塾が一番好きになりました。


http://www.kitakyushu-performingartscenter.or.jp/event/2011/0129sankaijuku.html



公演が始まる前、劇場のバーに見たことあるような人がワインを飲んでいて、よく見たら天児さんでした。思い切って話しかけに行って、異国 の地で、よくわからない舞踏好きの変な日本の若者が来たな、と思われてる気がしますが、天児さんはそれでも、やさしい口調で応じてくださって、ほんとにう れしかったです!!小柄で中性的、そして菩薩さまのような佇まい。普段の様子からも、山海塾の雰囲気が漂ってるよう。

日本では、2009年の「金柑少年」、パリでは2010年の春に「から・み」を観て、今回パリ郊外の劇場、Theatre des Bergerieでは「うつし」。




今回の公演も、観客の年齢層 は高め。子ども含め、20代まではほとんどいませんでした。フランスの舞踏ファンは、5-60代以上が多いみたいです。劇場は、パリ市内ではなく、郊外行 きのRERという電車に乗っていきました。パリ市内から一駅なので遠くはないのですが、降りたところは住宅地で、人もぜんぜん見つからない!劇場は駅から 15分くらい歩いたところにある、分かりにくいし少し不便なところ。それでも、街の人たちには愛されているようで、劇場は満員でした!!

ま ずは4人が登場。空中に浮かぶ土の中で芽を出そうとうごめく種子のようで、裾の丸く広がったスカートは、その芽を支える振り子のよう。観客席までかぶって しまいそうなくらいに、真っ白い粉を空に投げると、舞台は粉の煙に包まれて、浦島太郎みたいに、どこか異次元の空間に誘い込まれてしまうようでした。


山 海塾の公演でいつも感じるのは、舞台で踊ってる人たちがリアルすぎて、お化粧ではなく、こういう人間じゃない、人の形をした何かが本当に存在して、こうい う空間が作りものではなく、現実にそこにある、という錯覚をおこしてしまう。踊り手や舞台作りが秀逸。汗のしずくまで見える位置で観ていたのだけど、そう いった人間臭さを感じさせない、地と天の中間を行き来する、雲に乗れそうな存在。白塗りだから、口を開けたときだけ見せる赤黒い色はブラックホールのよう に奥が見えなくて、吸い込まれそうになって妖怪のようにも見える。それに、動きは、次の動きに移るときのその間の瞬間が特に美しくて、能に通じるような日 本独特の美をとても感じさせる。



こういったのは世界中のどこにも似たようなものは見つけることができなくて、後にも追随を許さないような、唯一無二の存在。そういったところも、海外の人たちからも高く評価されている理由なのかな。
やっぱりすごく面白い!一人で遠出するのはためらっていたのだけど、来て本当によかったです。

mardi 25 septembre 2012

場踊り / 田中泯 @Theatre de Bouffes du Nord

毎年この時期にパリでは、秋の芸術祭 (FESTIVAL D'AUTOMNE A PARIS)が行われてます。アート、ダンス、演劇、音楽など、この時期にたくさんの公演がパリの様々な劇場で企画されています。
そして、今年は日本が特集されていて、ダンスからは、田中泯さん、笠井叡さん、他にも、演劇からは平田オリザさん、音楽からは池田亮司さんなどなど、そうそうたる方々がパリで公演されます!!楽しみですね。

その中で、先頭を切るのは、田中泯さん
その公演に先駆けて、日本文化会館で行われた講演会にも参加してきました。



パリに初めて78年に招聘されて、裸体で地を這うように踊る日本人に衝撃を受けたパリの人たち。当時警察に囲まれたこともあったとか。

田中氏の、ダンサーとなるいきさつや、どのようなことを考えて踊りをしてるのかについてなどなど、とても面白い内容でした。 

会場に現れた田中氏は、とても静かな面持ちで、ゆっくりと席に着く。そうすると、会場のずれていた、ざわめいていた空気は、すうっと秩序よく収まり演壇に向かってぎゅっと整列しなおした。
私は、こっちに来てから毎月のようにダンスや舞踏を観ているけど、なんで、こんなに惹かれるのだろうっていう疑問に対する答えに、まだ言葉には上手くできないけど、少し近づいたような、ヒントを得た気がしました。

講 演中は、厳しい表情でするどい目をして真剣に考えながらお話をされていたのですが、ときおり見せる、目尻にぎゅっとしわをよせる、おもわずこぼしてしまっ た笑顔がとっても印象的でした。日本では農業をしながら生活し、自然の中から踊りが生まれてくる瞬間を捉え、自分の命より踊りが大切だと語る、ダンサー田 中泯の生の声を直に感じることができて、とても貴重な体験でした。

そして、土曜日の公演。



初めて訪れた、1876年に建てられたTheatre de Bouffes du Nord
何度も名前が変わったり、ところどころ改修工事はされてはいるものの、当時の趣の残る、とってもすてきな劇場でした。







あ ちこちゆがんでいたり、文字や壁画が消えかかっていたり、床が落ちてしまうんじゃないかと心配になるくらいの劇場。でもそれらが、これまで100年以上も ここで行われてきた公演のダンサーたちや役者、音楽家たちの見えないその凝縮された空気感、それと観客たちの感動や驚きや、いろんな思いを物語ってるよう に感じました。
そして、この劇場の驚いたところは、舞台と観客席との境界がないところでした。一番前の席は舞台と同じ、その延長上にあります。バルコニーから見ると大きな舞台に感じるけど、下に降りてみると舞台との距離は思ったよりもかなり近いです。

そんな、歴史の充満してる劇場での、今回の「場踊り」。
「私は場所で踊るのではなく場所を踊る」
そう語られるように、日本全国、様々な場所で、その場を感じたまま踊る。



縄で作られた人形たちが舞台にいました。
そう、まるで、観てる人たちが向こう側にもいるように。輪になってるところで踊ってるよう。
真っ暗な中ろうそくだけを持って、古ぼけた大きな羽織をまとい帽子をかぶって、お酒に酔った浮浪者みたいな様子で舞台に登場。ところどころで流れる朗読のテープ以外の音はない。静かな劇場に響く観客の咳払いに呼応するように、田中泯は数回、咳をした。そして、ときおり狂ったようなひきつった笑い声をあげる。

こ の暗がりの中のろうそくの小さな明かりと共に踊っていたのですが、3階席のバルコニーからはほとんど見えません。でも劇場全体に視野を広げてみると、劇場 に広がるその大きな影で語ってるのが分かったときは、こころが踊りました。日本各地では野外で自然の中で踊ることが多い「場踊り」ですが、今回はパリのこ の劇場の特徴を十分に活かした、照明が雰囲気を盛り上げていました。自然との対話から、この百数十年の劇場と向き合うことで生まれた踊り。限定された空間 は劇場の特権のはずなのに、劇場にいることを忘れて、この丸い空間だけくりぬかれてしまって、田中泯の古ぼけた羽織の中に吸い込まれた感じ。

寝入り端にふっと底なしの空間に落ちて行く感覚が怖くて無理矢理にも目を覚ますように終わった公演に、会場からわき上がる拍手はずっとやみませんでした。
 

mercredi 9 mai 2012

omamagoto / 大駱駝艦 @ la maison de la culture du Japon

去年の山海塾に続き、二年ぶりのパリ公演の、大駱駝艦を観に行くことができました!!




日本の舞台芸能としては、能、歌舞伎、そして、舞踏が知られていて、
パリでも、舞踏 Butoは、大人気です!
パリ日本文化会館で、二週間連続、2つの作品が上演され両方行ってきました。

日本人のお客さんが多いのかなと思って行たのですが、
大駱駝艦ファンのフランス人、たーくさんいました!!
日本人の女性とフランス人男性で一緒に来ている人たちも目立ちました。
女性のButoファン、意外に多いんですね。


最初の週は、『オママゴト』
フランス語の題も、そのまま、『omamagoto』
現実と夢の世界の行き来をする魚たち二人が水先案内人として、
男の人を異空間へ誘って、引き込んで。
でも、今ここにいると思っている現実も、実はおままごとみたいなことしかしてないって
考えだしたら、もう分かんなくなってぐるぐるしてしまう。
私もよく、今、自分は何してるんだろうって、ふと、今いる世界のことを
疑ってしまうこともあるので、これ観てから、もっと地に足が着かない感じになりました。

次の週は、麿さん登場の、『灰の人』
先の震災を予言したかのように呼応してる作品。
これまで、舞踏といえば白塗り、の印象が強かったのですが、
衣装がすごく面白かったです。
灰=灰色、グレーのグラデーションから、
真っ白の、雲のようなふわふわして消えてしまいそうになって、
最後には、くたくたの真っ赤の体に合ってない大きなコート。
かっこよかったです。

最後のフィナーレでは、立ち上がって拍手する人が後を絶たず、
大盛況でした!!



そしていつもより多く、再登場してくれました!!

能や歌舞伎は、伝統芸能で、伝えることが主な役割になっているけど、
舞踏 Butoはまだ歴史が数十年。
日本で生まれた舞踏がこれからもまだ創造され続け、世界に発信して、
日本をもっともっと盛り上げてくれるのを期待してます。

jeudi 29 avril 2010

KARA MI / 山海塾 @ Théâtre de la Ville

パリで、日本の舞踏を観る機会があるなんてぜんぜん思ってなかったけど、舞踏って結構知られてる。年末だったかも大駱駝艦きてて、観に行こうかと思ったけどちょっと躊躇してやめてしまった。でも、メトロの乗り換えのときに歩いてると、でっかい天児さんのポスターがどでーんと構えてるもんだから、うえーと思ってしまうのは当然。しかし、それをみてすぐ、会社で検索してもらったけど、すでに遅し。ほとんどの日のチケットは完売。残り一枚っていうようなチケットをぎりぎりとった。









当日、仕事終わって、そのまま劇場へ。日本で数回しか見たことがない舞踏だけど、パリの人たちにここまで浸透しているのにすっごい驚いた。客層が面白い。マダムたちが多い。一人マダムも結構いるのだ。それと老夫婦。20、30代ってのがあまり見かけられないのがパリぽいのか。オペラとかと同じように、舞踏も見に来てるって感じなのかな。面白いと思った。 建立から始まった。ばたんばたんと人を立てては倒れる。を繰り返す。そして、天児さん、登場。ご老体、まだ健在。4、5部の、見えない手、イメージの出現から現れるものすべて、までの3~4人の群舞、かっちょいいでした。コンテンポラリーダンスと言われるものと、舞踏の違うとこで今日気づいたのは、顔。黒子と対象の白塗り。そして表情。日本人独特の怪しさ。これ、容姿端麗の西洋人はまねできないよ。ギャグに見える。 最後の挨拶がまた好き。あのおばちゃんみたいな手の振り方。鳴り止まない拍手と、歓声は、意味もなく、うれしくなったりした。 舞踏を見たいと思う衝動はどこからくるのだとうと不思議に思うことがあるけど、この世のものとは思えない世界がそこにはあって、それは地上とほんの少し上の方を浮遊してて、手のひらにのるくらいちっさい人たちのいつ始まったかわかなんないけど、知られないまま終わってしまうそれをほんの少しだけ垣間みれるという、思い込みからくるんじゃないかと。でも、実際何にも、得られた訳じゃないし、なくなってもないし、あったかなかったかわかんないし、それはどうでもいいし、って感じ。



samedi 7 mars 2009

金柑少年/山海塾@東京芸術劇場

少し前のことだけど、地下鉄の広告でフェスティバルトーキョーのことを知り、参加アーティストの中に天児牛大の名前があって、帰ってすぐにネットで調べてすぐにチケットとってた。あのすてきなちいさなおじさま”天児牛大”の作品だ!ということでどうしても見たかった。

3年前初めて踊る姿を見てからずっとファンです。でも、今回は山海塾の若手が踊るということで、おじさまを拝見できないのではと思いきや、トークショーもありました!













かなりはじっこで斜めの目線だったので、少し残念な結果。それでもそでのほうで演じてくれることが多く、衣装の鮮明なところまで見れたのはとてもよかった。

http://www.sankaijuku.com/w_kinkan_j.htm

特に、ヒトデ4人組のところは圧巻だった。指先の絡み合いから始まって、頭、腕、体全体が計算された動きの中で次第に自由になり、体の覆いもずり落ちハンケツになり、漂い消えて行く。とってもすてきだったのは、完璧な動きだけではないはず。衣装がすばらしかった。布に、糸たちをニードルパンチして作ったのではないかと思われるそれは、夜の星屑天の川、はたまた海底に潜むクモの糸で引き戻される地獄。ハンケツにゆれる泡となって、いつかはじけてしまう。