いやー、本当にパリでよかったなぁと感じた瞬間。
最近新しく職場に来た20代後半の女の子。彼女の席の脇を通ると、あの海に浮かぶカメハウスを背景にエロ顔でピースしている亀仙人が腕からチラチラのぞいてたから、これは!とドキドキ。みんなには聞かれないようにこっそり帰りに声かけてみたら、のってくるのってくる。『ドラゴンボールは私の子ども時代のすべてなの❤』と、日本のオタク女子っぽい仕草がかえってきて、あぁ、なんかいいな。日本ではぎょっとするようなものでもこっちで出会うとなんだか愛おしくさえ見えてくるよ。
話を聞くと、ドラゴンボールは全巻漫画を持ってるらしく、大好きなだと。日本よりフランスのほうが大人気だよ!!って言ってるけど、いやいやそれはさすがにないだろうと思う。でも確かに日本で女の子たちとドラゴンボールの話をしたことがない。セル時代が一番好きだとか、フリーザもいいよね、でもブウはないよね、とか。前日に、ワンピースも大好きなんだって話してたから、これはちょっとダメかもしれんと諦めかけていたところに、今日はハンターハンターも好き!ときた。はあ、よかったぁ。まだいける。キルアが大好きで、日本でフィギュアを買ったけど、40ユーロくらいしたんだよ!バギーは15ユーロもしなかったのに!って。そういう話。ヒソカ嫌いはいただけないな。
朝は、コピー機のとこでごちゃごちゃしてるところに、ダブルピースで、Hey!
なんだか癒されます。
亀仙人はバトルものが好きなのかもしれないけど、スポーツものは?と聞くと、アイシールドだって。あー知らない。スラムダンクは読んでないの?と聞くと、知ってるけどまだらしい。スポーツ漫画で最高峰だから絶対読んでと推しといた。それから、黒子のバスケ、弱虫ペダルと続いてきて、あーあれね、とアニメで見たことあるなと分かってしまう自分もなかなかのもんだな。アニメで面白かったからハイキューを聞いてみると、ウワサですごく面白いって聞いてるらしいけど、まだらしい。フランスでもハイキュー人気なんだ。銀魂は?ジョジョは?名前は知ってるけど、、、って。ちょっと残念。
それで一番のオススメを聞いてみると、ゴソゴソって携帯出したからサイトで見せてくれるのかな、と待ってると、裏側のケースを見せてきて、ワンパンチマン!だって。『ワンパンチマンって検索してみて!これが今一番大好き!』て帰り際に念押しされた。
週末の仕事のお昼時間。も一人同じ頃に来たフランス生まれのタイの女の子も日本アニメドラマ好きで、三人で長机のはじっこを陣取りアニメ漫画話で盛り上がる。二人はしきりにフェアリーテールをカタカナっぽく頑張って言ってくれるんだけど、知らない!フランスではずいぶん人気みたい。あとタイの子はブリーチが好きみたい。バーンカイとまた日本語らしく真似してくれるのを大笑い。それと、ドラマで円陣組んで『ファイトー、オー!!』ってのを見たのがツボだったらしく、それを何度もやるから面白すぎる。
日本では当たり前だったことも、海外からみると全然違うし、変だと思われてることもいっぱいあったり、フランスの女の子たちの興味がどんなものにあるのかってのが見えて、話を聞いてるとすごく面白い。結局はフランスも若い子たちにはアニメ漫画だ。日本のクールジャパン政策ってその名前どうなのよって思ってたけど、日本=アニメ漫画+寿司焼き鳥+α、っていう若い世代にはこの方程式がもう十分浸透してます。どうやって広まってったの?って思うくらいみんなよく知ってる。最近、地下鉄で通勤時間に日本の漫画読んでる人よくみかけるようになったし。
ドラゴンボールもスラムダンクも大好きだったけど、中高生時代は漫画アニメ好きってのは、漫研ってイメージが強くて触れてはいけないようなものだったなぁと振り返る。彼女たちの好きな漫画とはちょっと違ってた。ワンピースも流行ってたけど、あれだけは好きになれなかったな、今も。あのころの女子校中高生を知ってる限りで分析してみると、ビジュアル系バンド好きと漫研って重なる部分が多くあったと思う。昨今二次元の嫁だけでいいという男性がいるように、二次元美形と王子に走る黒髪長いスカート漫研または剣道部vs男子高生を意識してお化粧に勤しむブランドバッグとブランドの紙袋を持つ茶髪ギャル系ルーズソックスという二大派閥があり、ギャル派がなんでも取り仕切る。どちらにも溶け込めない自分は毎週水曜にドラゴンボールGTをチェックし、暇なときは学校帰りに一人で映画館に行き、家に帰ってはちくちくカバンを手作りしてた。何でも話せるような友達はほとんどいなく、あの学校に居場所はなかったから一人でいることに慣れて、一人遊びも大得意になってった、のが今に続く。
アニメをチェックするようになったのは、いつだろう。たぶん、大学卒業して専門行ってるときの友だちの影響かな。腐女子を自負する二人の女の子、銀魂好きと元ゴスロリ、アニメ大好きな男の子好きのかわいい男の子。お家に遊びに行ったときに、リリーシュ?だったかなを見せられ、少女漫画みたいなキラキラの目をした男子高生が出てきて、そのときは、うわっこれはついてけない、と思ったけど、でも三人のことは大好きだったし、仲間に入れてほしいと心から思ってしまった。アニメが見れるサイトを教えてもらい、『マリア様がみてる』を勧められたからとりあえず全部見てみて、銀魂を初期から見て、それから自分でアニメ探すようになって、それがここパリで話しのネタになり、役にたつことになろうとはそのときは全く思ってもみなかった。
samedi 7 mai 2016
samedi 30 avril 2016
samedi 9 avril 2016
samedi 14 novembre 2015
13日の金曜日のこと Fluctuat nec mergitur.
前日の13日の金曜日、
仕事で20時まで残るはずだったのが、あまり仕事がないということで、みんな14時半に帰ろうってことになって、自分はその日に終わらせないといけないモデルがあったから一人残って16時半くらいに会社を出た。
BLESSのプライベートセールが今週末にあるってメール来てて、明日の土曜日の仕事帰りに行こうと思ってたから、小切手持ってこなかった。
でも思ったより早く会社を出ることができたから、お金を銀行で降ろしてから、久しぶりにBLESSのブティックへ行くことにした。久しぶりすぎてわくわく。欲しのがいっぱいあったけど、予算があったから迷った中でシャツワンピースと手袋を買ってしまう。お金を使ってしまったぁという 罪悪感(最近39歳の知り合いがアパートを買ったという話を聞いて、39歳までにアパートを買うぞという目標を立てたばかりだった)もごろごろさせながらも、何度も袋の中を覗いて乗り換えのサンラザール駅ホームで一人にやにやしてたり。
自宅に帰って、一人ファッションショーをし、やっぱりいい買い物をしたと言い聞かせ、ふわーっと嬉しい気持ちにいっぱいになりながら23時にはロフトのベッドに行って、いつの間にか寝てた。
次の日の14日の朝、たぶん6時くらい、携帯を見ると、なんだかメールとかFacebookのメッセージとか、バイバーの電話とか、FaceTimeとか、画面いっぱいにお知らせが来てて、なんだこれと薄眼で見てたら、”パリ” ”テロ”という言葉でいっぱいで驚いて、布団の中でうずくまってた。でも今日仕事だしって、思ってシャワー浴びないといけないから、7時くらいには頑張って起きて、シャワー浴びて、歯磨いたり、バナナ食べたり、出る準備しながら、うちのおにいさんやお母さんと電話で話してると、前回のときと比べられないくらいに尋常じゃないくらいの規模のテロがパリの各地で起きていたことを知る。
パソコンで調べると、120人以上が亡くなり、200人以上が怪我をしている、大統領もいたサッカースタジアムで爆発、劇場で無差別乱射、レストラン、カフェ、道端、普通の週末が血の海に染まる悪夢に変わってた。その中の一つのレストランは、7月に辞めたばかりの前の職場のすぐ裏に位置していて、お昼に行ったこともあるとこだったから、他人事ではない。
Facebookでシャドーのグループでメッセしてると、会社は行かない方がいいぞという話になり、同僚の人に電話してみるも、上司から何も連絡ないし、私は行くよという返事。
うーんどうしようと迷ってるなか、上司から電話。
アトリエは開けるけど、来るか来ないかは自分で決めていいよ、ということだった。
もう一回同僚に連絡してみるも、もう家出ちゃった、会社向かってるって。
フランス人は、なぜか誰も怖がらない。あまり自分には関係ないというような感じで毅然としてる。だから、どっちでもいいと言われてたら、みんな行くんだろうな。自分だけ行かないってのもやだなぁとか思って、どうしようどうしようと迷ってうじうじしてると、上司からSMSがきて、結局会社は閉めるということになって土曜日の仕事は休みになった。母親もすごく心配してるし、日本の友人たちは家でおとなしくしてたほうがいいっていうから、そうだよなと思って、週末は家にこもろうと決めた。
家の中にいても、外で大きな音がすると、銃声なんじゃないかって、心臓がばくばくなったことが何回かあった。窓の近くにいないようにした。誰か素敵な異性にドキドキすることなんて経験ないのに、こんなに心臓が飛び出そうという言葉を体現するような激しい鼓動が鳴ってる。瞳孔が開いて目が乾いて血の気がさーっとひいて、全身で怖いって感じてるんだなって分かって、急いで外に出られるようにジーパン履いて、さっと動けるような格好に着替えた。
とても不謹慎なことかもしれないけど、いつもこう思う。
日本の地震をはじめとした自然災害に遭うのと、パリでテロに巻き込まれるの、それってどっちも運だし、確率では同じくらいなんじゃないかって。
もちろん、自然災害か、人が起こすものの違いもあるけど、結局死んでしまうことには変わりはない。もちろん、大雨や大雪の日に出かけないようにするように、真夜中に出歩かないとか、知らない土地にふらふら行かないとかっていう自らを危険にさらすようなことを回避することはできる。でも、地震を予知できないように、地下鉄でテロに遭ってしまうってことはもうどうしようもないことだし、気をつけようもないから。そういう街に住んでいるんだという覚悟を持たないと。
自分でパリにいるって決めて、仕事して稼いで、税金を納めて、住んでいる。だから、フランスの国がしていることに自分も少なからず加担してるわけで、責任はいくらかある。税金がシリアの空爆に使われてるということは、自分の納めたお金のいくらかが、使われてるってこと。あんなに税金納めてるのに、選挙権がないっていうのは理不尽なことなような気もするけどね。むしろ、選挙権はあるけど、1円も税金納めてない日本に対して、政治に文句の一つも言える立場ではないなと自覚してる。だから、外国に住みながら日本の政治に対して、あーだこーだ言ってる人っているけど、それってどうなのと白い目でみてたりもする。
テロの怖さに怯えながらもパリで暮らして今の仕事にしがみついているのか、その肩書きを捨てて、日本に帰るのか(地震の怖さには震えながら)。お父さんが全然心配してないといってたけど、それは自分が決めたことだから、全部自分に責任があるってことだと理解した。
自然災害の話に戻る。
日本の山の緑が大好きだし、それを眼前にいっぱいに広がって圧倒的なほどぶつかってくるものを感じると、もうそれは人に手に負えないものだって十分理解できるし、畏敬という言葉がぴったりくる。だから、自然に対して日本人は崇めたり、祀ったりして、共存しようと努めてきて、災害が起こっても怒りをぶつけることもない。その怒りではない、悔しい気持ちを次の行動に転化してきたんだと思う。
それをもしかしたら、このテロ事件にも無理やりにも当てはめてみることもできるんじゃないかと思うんだけど。どうだろ。実行犯に対して、これまでフランスがやってきたことに対する自然現象だと、怒りをぶつけて報復するんじゃないくて一度受け止めてみたら。言葉のコミュニケーションのとれない、大きな濁流なんだと。
でも大丈夫。知ってる?
パリは、『Fluctuat nec mergitur.』
”波に揺られても沈まず”。
仕事で20時まで残るはずだったのが、あまり仕事がないということで、みんな14時半に帰ろうってことになって、自分はその日に終わらせないといけないモデルがあったから一人残って16時半くらいに会社を出た。
BLESSのプライベートセールが今週末にあるってメール来てて、明日の土曜日の仕事帰りに行こうと思ってたから、小切手持ってこなかった。
でも思ったより早く会社を出ることができたから、お金を銀行で降ろしてから、久しぶりにBLESSのブティックへ行くことにした。久しぶりすぎてわくわく。欲しのがいっぱいあったけど、予算があったから迷った中でシャツワンピースと手袋を買ってしまう。お金を使ってしまったぁという 罪悪感(最近39歳の知り合いがアパートを買ったという話を聞いて、39歳までにアパートを買うぞという目標を立てたばかりだった)もごろごろさせながらも、何度も袋の中を覗いて乗り換えのサンラザール駅ホームで一人にやにやしてたり。
自宅に帰って、一人ファッションショーをし、やっぱりいい買い物をしたと言い聞かせ、ふわーっと嬉しい気持ちにいっぱいになりながら23時にはロフトのベッドに行って、いつの間にか寝てた。
次の日の14日の朝、たぶん6時くらい、携帯を見ると、なんだかメールとかFacebookのメッセージとか、バイバーの電話とか、FaceTimeとか、画面いっぱいにお知らせが来てて、なんだこれと薄眼で見てたら、”パリ” ”テロ”という言葉でいっぱいで驚いて、布団の中でうずくまってた。でも今日仕事だしって、思ってシャワー浴びないといけないから、7時くらいには頑張って起きて、シャワー浴びて、歯磨いたり、バナナ食べたり、出る準備しながら、うちのおにいさんやお母さんと電話で話してると、前回のときと比べられないくらいに尋常じゃないくらいの規模のテロがパリの各地で起きていたことを知る。
パソコンで調べると、120人以上が亡くなり、200人以上が怪我をしている、大統領もいたサッカースタジアムで爆発、劇場で無差別乱射、レストラン、カフェ、道端、普通の週末が血の海に染まる悪夢に変わってた。その中の一つのレストランは、7月に辞めたばかりの前の職場のすぐ裏に位置していて、お昼に行ったこともあるとこだったから、他人事ではない。
Facebookでシャドーのグループでメッセしてると、会社は行かない方がいいぞという話になり、同僚の人に電話してみるも、上司から何も連絡ないし、私は行くよという返事。
うーんどうしようと迷ってるなか、上司から電話。
アトリエは開けるけど、来るか来ないかは自分で決めていいよ、ということだった。
もう一回同僚に連絡してみるも、もう家出ちゃった、会社向かってるって。
フランス人は、なぜか誰も怖がらない。あまり自分には関係ないというような感じで毅然としてる。だから、どっちでもいいと言われてたら、みんな行くんだろうな。自分だけ行かないってのもやだなぁとか思って、どうしようどうしようと迷ってうじうじしてると、上司からSMSがきて、結局会社は閉めるということになって土曜日の仕事は休みになった。母親もすごく心配してるし、日本の友人たちは家でおとなしくしてたほうがいいっていうから、そうだよなと思って、週末は家にこもろうと決めた。
家の中にいても、外で大きな音がすると、銃声なんじゃないかって、心臓がばくばくなったことが何回かあった。窓の近くにいないようにした。誰か素敵な異性にドキドキすることなんて経験ないのに、こんなに心臓が飛び出そうという言葉を体現するような激しい鼓動が鳴ってる。瞳孔が開いて目が乾いて血の気がさーっとひいて、全身で怖いって感じてるんだなって分かって、急いで外に出られるようにジーパン履いて、さっと動けるような格好に着替えた。
とても不謹慎なことかもしれないけど、いつもこう思う。
日本の地震をはじめとした自然災害に遭うのと、パリでテロに巻き込まれるの、それってどっちも運だし、確率では同じくらいなんじゃないかって。
もちろん、自然災害か、人が起こすものの違いもあるけど、結局死んでしまうことには変わりはない。もちろん、大雨や大雪の日に出かけないようにするように、真夜中に出歩かないとか、知らない土地にふらふら行かないとかっていう自らを危険にさらすようなことを回避することはできる。でも、地震を予知できないように、地下鉄でテロに遭ってしまうってことはもうどうしようもないことだし、気をつけようもないから。そういう街に住んでいるんだという覚悟を持たないと。
自分でパリにいるって決めて、仕事して稼いで、税金を納めて、住んでいる。だから、フランスの国がしていることに自分も少なからず加担してるわけで、責任はいくらかある。税金がシリアの空爆に使われてるということは、自分の納めたお金のいくらかが、使われてるってこと。あんなに税金納めてるのに、選挙権がないっていうのは理不尽なことなような気もするけどね。むしろ、選挙権はあるけど、1円も税金納めてない日本に対して、政治に文句の一つも言える立場ではないなと自覚してる。だから、外国に住みながら日本の政治に対して、あーだこーだ言ってる人っているけど、それってどうなのと白い目でみてたりもする。
テロの怖さに怯えながらもパリで暮らして今の仕事にしがみついているのか、その肩書きを捨てて、日本に帰るのか(地震の怖さには震えながら)。お父さんが全然心配してないといってたけど、それは自分が決めたことだから、全部自分に責任があるってことだと理解した。
自然災害の話に戻る。
日本の山の緑が大好きだし、それを眼前にいっぱいに広がって圧倒的なほどぶつかってくるものを感じると、もうそれは人に手に負えないものだって十分理解できるし、畏敬という言葉がぴったりくる。だから、自然に対して日本人は崇めたり、祀ったりして、共存しようと努めてきて、災害が起こっても怒りをぶつけることもない。その怒りではない、悔しい気持ちを次の行動に転化してきたんだと思う。
それをもしかしたら、このテロ事件にも無理やりにも当てはめてみることもできるんじゃないかと思うんだけど。どうだろ。実行犯に対して、これまでフランスがやってきたことに対する自然現象だと、怒りをぶつけて報復するんじゃないくて一度受け止めてみたら。言葉のコミュニケーションのとれない、大きな濁流なんだと。
でも大丈夫。知ってる?
パリは、『Fluctuat nec mergitur.』
”波に揺られても沈まず”。
samedi 7 novembre 2015
samedi 31 octobre 2015
vendredi 23 octobre 2015
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